荒唐無稽小説 テニス観戦でサトリを得た男のハナシ 弐の巻

テニス観戦でサトリを得た男のハナシ 弐の巻

「いやいや〜ちょいとヤボ用ができちまってね、時間に間に合うようにってんで出てきたんでやんすが、渋滞に引っかかっちまって・・なんか事故があったみてえなんでやんすよ、バスと単車の。電車なんかと違って、車ってえのはアテになんねえもんでやんすな、東京みてえな都会は特に。いやいや、アチキもヤキモキしてたんだけど、こいつあど〜にもなんねえってワケでアキラメて、ラジオつけたらビートルズやっててね、アレですよアレ・・ほら、あの曲、レットイットビーに入ってた・・えと・・なんだっけ?」

「ゲットバックですか?」

「いんやそれじゃねえ、そいつも好きだけど・・えと・・うんと・・あ、そ〜そ〜、ロングアンドワイディングロード・・いや〜アチキはあの歌、大(でえ)好きでね、ガキの頃から。えらく久しぶりにこいつを聴いたもんだから、なんだか心持ちが良くなっちまってね、そ〜、ロングアンドワイディングロード!良い歌だねアレ。ホントに・・。長く回りくねったミチてえんですか・・そ、目的地に着くには中々てえへん(大変)だてえことでしょ、旦那?そこでアチキはハタと気がついた!いまこの状況はマサにロングアンドワイディングロードてえことだってね・・渋滞ハマッてラジオつけたらロングアンドワイディングロード!・・ってね!宇宙一切偶然無し!天の配剤、天地の仕組み、天使の誘惑・・アタシャあなたの側が良い!アタシはも少し背が欲しい!・・チガウか・・あはは!」

瞑想家には似合わない饒舌で、時刻に遅れた言い訳みたいなことを早口で喋りまくる・・。沈黙のアシスタント、瞑想オタクの壺永千代は、少し怪訝そうな顔つきだ。
来一郎も同様な想いだったが、それを微塵も出さずニコニコと挨拶をした。

「初めまして、月刊エンライトメントジャーナルの記者で達磨と申します、こちらはアシスタントの壺永千代です。今日はお忙しいところお邪魔いたしまして申し訳ございません、どうぞよろしくお願い致します。」と言いながら名刺を差し出した。千代もそのタイミングで申し訳程度の会釈をしながら自分の名刺を渡すのだった。

「あい〜、アチキになんか聞きて〜てんでしょ。面白れえかど〜かわかんねえけどね、あとで責任とれっつってもダメでやんすよ〜。そんなんで良いてんなら、いくらでも喋りますよアチキは。」

「はい、それでは早速色々とお伺いしたいと思います。先ず、痔恩魔賢老師様は、テニスを観戦なさっていただけでサトリを得た、光明を得たと仰っているそうですが、それは本当のコトですか?失礼とは思いますが、是非ご本人の口から、それはマサに事実なのだということをお聞きしたいのです。」

壺長千代は録音機材のスイッチを入れた。

「あはは〜、それね〜!はいはい、そ〜なんでありんすよ〜、っはは、ねえ、こんなコト言うと誰も信じねえかもってえことは百も承知なんだけどね、事実は事実だし、こんな有り難てえこと隠すのも何だし、それに解るやつには解っちまうワケだしね。最初はごく周りの奴らにだけ蚊の鳴くような小っちぇ〜声で話したてえワケなんだけど、それがいつの間にか広がっちまったてえことでがすわ。」

「はい、そうですか、ありがとうございます。いつものことですが、老師様のような方が出る度に、多くの方は先ず疑ってかかるというのがツネですので、失礼なことをお聞き致しました。ところで瞑想の探求は何年くらいお続けになっていらしたのですか?」

「いや〜もう若え頃からだから三十年以上になっちまったね〜・・はは。んでも最近はそんなこたあど〜でも良くなってきちまっててね・・なんだか気楽に遊んで暮らしていたんですよ。酒飲んだり肉食ったりもしててね・・。」

「・・・そ、そですか。」
瞑想家はみんな酒を飲んだり肉食をしないものだという根強い観念のある来一郎は固唾を飲んだ。傍らの壺長千代の眉間には、“何だコイツ的”な色合いのあるタテジワが浮かんでいる。

痔恩魔賢老師は一向にお構いなしに続ける・・。
「ソーセージは旨いね!ムカシはそんなに美味えとは思わなかったんだけどね、ほら、ベジタリアンてんですか?菜食ね。あれやってたからホント久しぶりだったてえワケだけど、有明に行った時、ホットドッグ売ってて、隣に座ってたヤツが美味そうに食ってるもんだから、なんだかアチキも食いたくなっちまってね、よし、食ってみよかなんてえココロモチになったてえアンバイ・・。いやいや、食ってみたら美味えの美味くねえの・・!ウインナソーセージ好きになっちまったてえ始末ですよ、ああた・・どでもいいね、このハナシ、っはは。でも旦那、聞いて下さいよ・・ソーセージ食うとなんだか知らねけど、コレが(小指を立てる)怒るんだよ・・ソーセージ食べるヒトなんかキライ・・なんつって、アチキの腿のあたりをキューッとツネりやがるんですよ、まあその仕草がカワイ〜のなんの、思わず抱きしめてえなんてえココロモチになっちまうてな具合・・。でも何で怒るのかね?旦那〜解ります?」

青ざめてきた顔に作り笑いを浮かべて来一郎は答えた。
「あ、いや、よく解りませんです・・。」
「・・て言うか彼女いるんだ・・。」これはココロで呟いた。

さらに痔恩魔賢は続ける・・
「だから言ってやるんですよ。いいかいよくお聞きよ、このアチキがおめえよりソーセージが好きだなんて言ったことあるかい?ねえだろ?おめえが一番、ソーセージは二番目なんだからヤキモチなんかヤクもんじゃねえ・・ってね。やっぱりヤキモチですかね、それともヤキソーセージってか?あはは、旦那?」

数分前からすっかり“旦那”になってしまった来一郎の顔からは一段と血の気が引いてきた。
「よ、よく解りません・・。」

少し頭痛がしてきた来一郎であったが、このまま老師のペースに巻き込まれたままでは、全く仕事にならないと思い、丹田のあたりに力を込めてようやく言った。

「え、えと、ソーセージのお話しは承知いたしました、ありがとうございます。そ、それであの、テニスの試合を観戦していてサトリが起こったということなのですが、具体的にどのような状況だったのでしょうか?何故そのようなコトが起こったのでしょう?できれば詳しくお聞かせ頂きたいのですが・・。」

「あ、そ〜そ〜、それでやんす、それそれ、それを聞きてえてことでここまでワザワザ来てらっしゃるてえ具合、ねえ、ハヤく本題に入れてんですよね・・あはは!でもそんなこと聞いてど〜しよてんですかね?なんの参考にもならねえから聞いてもしょ〜もねえですがね。それでも聞きたい?ホントに?マジで?」

「はい、お聞かせ願えれば嬉しい限りです。お話しが読者のタメになるかならないかは些か不明ですが、サトリを得た方の言葉は、それそのものが大変貴重なものと考えておりますので、是非とも記事にしてみたいと思うところです。」

「ふ〜ん、そんなもんですかい・・ふんでは、ちょいと話してみるてえのも悪くねえでがすな・・。」

痔恩魔賢老師は、そう言うと少し沈黙した・・。
次第に部屋の空気が輝いてきたようにも感じる。何か荘厳なエナジーが老師から発せられてきたようにも思える・・!いや、実際先程までとは違ったオーラ、威厳のようなものが老師の身体から溢れだしてきているようだ・・。

「だって、すんげえじゃねえですか・・。」

老師は、部屋に満ちている圧倒的な沈黙・・
無の気配から紡ぎ出された妙なる音律を口ずさむかのような雰囲気を伴い、語り始めた・・。

「すげえでがしょ・・すげえ・・この位のことしか言えねえてえのが口惜しい。想像を超えちまったでがすよ旦那・・遙かにね・・。」

言葉と言葉の間には、厳粛にして幽玄ともいえる、壮大な“何か”が確かに感じられる・・その雰囲気に気圧されながらも来一郎は背筋を伸ばし、腹式呼吸を意識しながら訊ねた。


「何がすごいのですか?想像を遙かに超えたものとは何のことでしょう?」




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