荒唐無稽小説 テニス観戦でサトリを得た男のハナシ 六の巻

テニス観戦でサトリを得た男のハナシ 六の巻
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「ま〜あれでがす、この雄鳥ちゃんもテニス見るのが好きでね。ま、そ〜ゆ〜トコロもアチキと気が合うてえアンバイでやんして、ムカシっからナカが良くってね。あん時も一緒にテレビで全米オープン観てたてえこってす。ほんで、こないだしゃべったよ〜なアンバイで、錦織圭さまがジョコビッチに勝った時、あん時ね、二人ともなんか有り難えことになっちまった!そ、二人そろって同時にね・・ま、ゲンミツに言うとね、雄鳥ちゃんの方がちょいとハヤかったみてえなんでがすよ、タイミングがね、多分。このヒトは、マッチポイントでジョコビッチのフォアハンドがアウトした瞬間、ど〜やらイッちまったみてえなんでがすよ、ああた。そこいくとアチキの方は、その直後に錦織大明神さまがラケットを手放してガッツポーズをした・・あん時でやんすよ、今度はアチキの方がイッちまった、ああ〜っ!イク〜!・・つってね。“ああ〜っ!イク〜!”てのはウソだけどね、あはは。」
雄鳥はとなりでただニコニコして聞いている。

「ほんでその後二、三日してから、二人してそん時のことを有り難え、有り難えって言いながらしゃべってたてえワケなんだけど、雄鳥ちゃん、おめえの方がちょいとハヤかったな・・つったら、いやそんなこたあねえ、痔恩ちゃんの方がハヤかった・・なんつって言いやがるんですよ、コイツ。んだから、おめえはジョコビッチのタマがベースラインを越えてアウトになった時だろって言うと、いいやチガウ、自分はラケットを手放した瞬間だてえから、ホレ見ろ、アチキはそのあとのガッツポーズの時だからおめえの方が速え・・つって言ったら、いやいや、そん時はアタマがカラッポだったから良くオボエてねえ、もうちょいとアトかもしんねえ、あ、そだ、ジョコビッチと握手した時だとかなんとか言い始めたもんだから、ウソつけ、ジョコビッチのタマがアウトになった時、横にいるおめえの方からピカーってナンか光ったよな気がしたんだからマチガイねえつったら、いやそいつはボクのアタマが光っただけだ・・とかなんとかね・・雄鳥ちゃんのが速え、いいや痔恩ちゃんが速えなんつって言い合ってたんだけど、つかみ合いのケンカにはならず、つかみ合いのダンスになっちまった。ありがてえ、うれし〜!なんつって歌いながらね・・あはは!」



ワケが分かったような分からんような、有り難いような有り難くないようなハナシではあるが、来一郎と千代は心の奥底で弾けている感動を確かに感じていた。

「そいでそのあと、仲の良い近所に住んでる兄弟弟子の一人に、ちょいと内緒なんだけどっつってこのことを話したら、なんだかいつの間にかウワサが広がっちまって、ケッコウな騒ぎのコンコンチキになっちまったてえアンバイでね。色んなとこから取材だインタビューだ、なんだかんだイソガシクなっちまった。ほんで、二人共てえことじゃめんどくせえから、二人のウチどっちかが“導師役”になって遊んでみるかてなことで相談がまとまったてえ次第なんでがす。そら、スットボケてそんなサトリなんてえもんは、見たことも聞いたこともありゃしやせん、ど〜ぞホッておいておくんなさい・・なんてえことを言っても良かったっちゃあ良かったんだけど、それじゃあんまり面白くねえってんで雄鳥クンが言うもんだから・・。」
雄鳥はニコニコしながら、右手を顔の前で振って、それはチガウというようなジェスチャーをしている。
「あはは!あ、そうそう、アチキも言った、確かに、うん、それじゃ面白くねえってね、あはは。そんで、そ〜なるってえと、どっちが導師役になるかってえことになるでがしょ?でもね、お互いにそ〜ゆ〜のあんまり好きな方じゃねえんでがすよ、ああた。導師なんてえもんは大変な稼業だってえのは百も承知、“導師だけにグルグル回っちまう”・・なんつってね。わかった?今の?・・ま、いいか・・。大体めんど〜なんでがすな、そういうの。二人ともそういうタイプじゃねえ、どっちかっつうと気楽にぶらぶらしてる方が性に合ってるてえワケでね。おめえがやれ、いや痔恩ちゃんが適任だ、うんにゃおめえの方がウツリが良い、いやそうじゃねえ痔恩ちゃんの方がよく喋る、いやいや、導師なんてえもんは、あんまりしゃべんねえでダマってるほうがアリガタ味があるてえもんだ、やっぱ雄鳥さまに決まりだ・・なんてえ具合で導師役の押し付け合いでがすよ、ああた、っははは!互えに譲らねえもんだからしょ〜がねえ、最後はジャンケンにしようてなことになった。あはは、そんでナサケねえことにアチキがマケちまった!アチキが気合い入れてグー出したら、コイツはパーを出しやがった!ちくしょ〜、なんでパーだした?って聞いたら、パーラミーター(波羅)だから・・なんてえ、つまんねえシャレ言いやがってね・・あはは!しょ〜がねえからアチキが導師役やるハメになっちまったてなアンバイ。・・んでもね、キャスティングとしては、雄鳥ちゃんの方がピッタリだな〜やっぱ。導師っぽいもんね、このヒト・・アチキみたいにあんまりしゃべんねえ方が、なんつーか重みがあるてかね、アタマだってピカピカしてて、なんかありがてえもんね、ねえ!」

“ねえ”と言われても、どう答えて良いか分からない来一郎だった。
確かにそう言われてみれば、雄鳥の方が、品が良くて、いかにも“導師”らしい感じがして、似合うような気もするが、それをストレートに「ああそうですね」とも言いにくい・・。笑ったような困ったような、なんとなくナサケない顔を作って軽く首を斜めに傾け、肯定とも否定ともとれるような中途半端な仕草をした。
「・・ということは、こちらの雄鳥さんも、老師さまと同じく“テニス観戦でサトリを得た男”ということなのですね・・。」

「ああ、ま〜そんなようなところでがす。ま、いいじゃねえですか。雄鳥ちゃんと二人、あの日からこんな感じで遊ばしてもらって今日まで来たてえワケですが、最近よく思うことってえのがありやんす。そいつあね、テニス観戦なんぞで二人もイッちまったぁなんて事あ、世間ににゴロゴロ居る頭デッカチで頑固ガチガチのトウヘンボク探求者にとっちゃあ、エゴが傷つくてえか受け入れがてえことかもしれねえってこと・・。ね、ともかくああいう連中はめんどくせえヤツが多いてなこたあ百も承知でがしょ旦那?あんまり世間を騒がせるてえのもヤボだしね・・てなこったから、アチキみてえなワケの分かんねえヤツが、なんかインチキくせえ感じで“あい、アチキがサトリやんした”なんてやってた方が、ああ、やっぱりインチキか・・なんてえことになるかもしれねえ・・ってね!ヒトのウワサも七五日てなもんで、そのうちに皆さんの頭から消えていくてえスンポウでがすよ、あはは。・・ってえことは、やっぱアチキがジャンケンにマケたてえのは正解だったかもしんねえでやんすな・・本意じゃねえけど、天の配剤ってえことですかね?・・わはは!」

「良くわかりました。お目に掛かってから日の浅い私たちのようなソトの人間にコトの真実をお話頂き、大変光栄です!先日のお二人のコラボ説法というか、スピリチュアルパフォーマンスと言ったらいいのでしょうか、あの得も言われぬ歓喜のダンスと歌のオカゲで、今まで味わったことのない奇跡のような法悦体験をさせて頂きました。あの日からワタシの中の何かが、確かに変わってしまったようです。もう後に引き返せないような感覚がワタシの内側で日に日に増しています。その内なる声に従うには、少し怖いような勇気の要るような気がしますが、その “歓喜”の声の誘惑は、とても強烈で、多分もうそれに抵抗することは出来ないのだろうという予感があります。お二人は私を根本からかえてしまいました。勿論、ここにいる壺永も同様だと思います。仕事でお邪魔しただけでしたのに、言葉に言い尽くせないモノを頂きました!本当に有り難うございました。」

来一郎は、痔恩魔賢と雄鳥に起こった覚醒の真実を打ち明けてくれたということを喜び、そして、自分が遠い昔から持っていた・・殆ど無意識下に埋もれていた“真理への渇望”というものを再発見させてくれたことに対して、大いなる感謝を感じていた。

「ところで、もうひとつお伺いしたいのですが、あの時にお庭に五十人くらいの方がいらして、私たちと一緒に踊って歌って下さいました。あの方達こそお弟子さんだったのではと思っているのですが・・?」

「いや〜あれもチガウでがす。あいつらはやっぱりアチキらと同じ師を持つ弟子仲間でやんすよ。アチキらが目出度えことんなってね、そいつあチョイと祝ってやろてんで、方々から集まってきてたてえワケでがす、ご覧になったと〜り、ちょいとクレイジーなやつばっかりでやんしょ?面白かったでがすか?っはは。いや〜、アチキに弟子なんてえもんは一人もありゃしやせんです。アチキも随分と面白く遊ばしてもらったてえワケでやんすが、なんかこういう商売は肩がコッちまっていけねえでがす。性に合わねえてやつでがすよ。・・ってんでね、そろそろこの遊びもオワリにしてインドにでもタビに行きてえと思ってるんでやんすよ、ジツは。」

来一郎と千代は、老師が突然インドに行ってしまうと言ったので少し悲しい気持ちになった。
「はあ、そうなのですか。雄鳥さんもご一緒に?」

「あ、そうそう、こいつの名前は、フルで言うと雄鳥阿賀でやんす。このヒトは、旦那もそう思っている通り、アチキとは違って“導師向け”のタチだから、この家に居て、それこそホントの導師になったらいいんじゃねえかとアチキは思っているてえアンバイ。本人がその気になってくれりゃいいんでやんすがね・・。」

「ああ、それは私たちにとって、とても有り難いことです。是非そうして頂けたら嬉しいです!」
思わず来一郎は、雄鳥阿賀に向かって言うのだった。千代も懇願するような眼を雄鳥に向けている・・。

「ね!そういうことになるってえとですよ、ああた!新たな導師さまのお誕生〜!・・てな、ホントに目出度えことになるてえスンポウなんでやんすがね。」

「そうですね!」そうですね!そうすれば新たな導師の出現ということですね・・そう・・そうです!その名は・・!」

「お・ん・ど・り・あ・が・し〜!雄鳥阿賀師〜〜!!」

突然、側で聞いていた沈黙のアシスタント、壺永千代が久方ぶりの大声を出してその名を呼んだ。
雄鳥阿賀師は、それを聞いて少し戸惑ったような顔をしたが、その眼はキラキラと輝き、頭はピカピカとヒカリを放射した。


今日は、痔恩魔賢老師が、インドへ旅立つ日だ。
達磨来一郎と壺永千代は、成田空港まで送りに来た。老師に久しく会えなくなると思うと、寂しい気持ちを隠せない二人である。

「いよ〜っ!ありがてえね、どうも。旦那とおじょ〜さん!これはこれは、わざわざ送りになんぞ来てもらって、うれし〜限りでやんすよ!」

“導師役”から放免されたという開放感からか、今日の痔恩魔賢の顔はいつもに増してニコニコと輝いているように来一郎には見えた。彼は涙をためながら、感無量で「いろいろ有難うございました。」と言うのが精一杯だった。
千代は、来一郎の脇で何かを言おうとはしているのだが、常日頃、口を動かすことに慣れていない彼女の舌は、その溢れ出す感情のエナジーのあまりの大きさに耐えられず「ああ・・うぉうぉ・・」と言葉になる前の“音”をただ発しているのだった。

「縁があったら、また会ってテニスのハナシでもして遊んでおくんなさい、ほんではまたってえことで・・。」と言いながら搭乗口の方へ歩き出す老師だったが、二、三歩進んだところで、こちらへ振り返り、来一郎に言った。
「あっ、そだそだ、最後に一言・・。ソーセージの食い過ぎはよくねえね!気いつけたほうがいいや。あんまりアチキが食うもんだから、コレが(小指を立てる)ホントに愛想尽かして逃げちまった、ソーセージ食べるヒトなんかキライ!ってえのは、ホントのことだったみてえだったでやんす。いや〜驚えた!あはは!」
こう言うと、老師は“ロングアンドワイディングロード”を鼻で歌いながら、搭乗口の奥へと消えていった・・。


沈黙のアシスタント壺永千代は、痔恩魔賢老師との別れから数日後、突然に覚醒を得た。その後“カメラ片手に踊る沈黙の導師”として多くの弟子を集めることとなった。

達磨来一郎も数ヶ月後に会社を辞め、自らの“内なる声”に従い、痔恩魔賢老師の師である、スワミ・シェキナベベ・ロケンロー(露賢老師)に弟子入りするため印度へと旅立っていった。もう一度、痔恩魔賢老師に会うこともその目的のひとつであることは言うまでも無い。



終わり



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